2026年10月に日本ハウス株式会社は設立50周年を迎えます。前身である「日本スレート株式会社」もあわせれば創業75周年!

MESSAGE

50周年に寄せて

昭和51年10月25日の設立以来、弊社はここに50周年を迎えるに至りました。長年にわたる各位のご愛顧の賜ものと深く感謝しております。
思えばこの50年、バブルや不況など激しい変動やライフスタイルの変化など、住宅産業を営む上の試練や苦労はありました。しかしながら、山口県に根をはり、多くの支援者や従業員に恵まれましたことは大変有難く何よりの喜びです。
これからも、先代の『家は財産』の信念を守り、永く愛される住まいをお届けできるよう精進してまいります。

平和への願いと、全身全霊をかけて獲得したPC工法

昭和6年に創業者である父・河野誠は光市の小周防で誕生しました。多感な青少年期に戦争を、特に広島市街の原爆地より避難する多くの被爆者を目にして衝撃を受けたこと、めったに口にはしませんでしたが、平和を愛する精神と強い家に拘る理由の根幹は、やはり悲惨な戦争体験にあるのだと思います。

父の仕事は、スレート瓦、コンクリート二次製品、ヒューム管製品を経て、住宅部門に移行しました。PC(プレキャストコンクリート)工法に着眼し、北海道を手始めに各地を視察し、独自に住宅のPC工法を研究している設計士との運命的な出会いの中での決心です。
地方の小さな会社が住宅メーカーになるのは容易いことではありません。特に新耐震法による建築基準法の改正による認定制度の改定は大きな試練でした。今でもこの認定取得が事業展開のバックボーンになっています。

ABOUT FOUNDER

創業者紹介

河野 誠(1931〜2004)

Makoto Kawano

旧周防村(現在の山口県光市)生まれ。
日本スレート株式会社、日本ハウス株式会社創業者。
事業の中核にコンクリート製品製造業を据えつつ、建築業、不動産の運営など多方面への事業展開を柔軟に行い、日本ハウスの礎を築いた。

(写真:1996年、展望の館にて)

誠語録

忙中閑あり 閑中忙あり
「忙中閑あり」は、昭和の陽明学者・安岡正篤(やすおかまさひろ)の六中観(りくちゅうかん)のひとつで、誠氏はこれに、「閑中忙あり」と加え、「暇な時には、資料を整理したり、新しい商品開発をしたり、暇な時にしかできない仕事を集中して行いなさい。それによって、忙中の仕事をうまくこなすことができる。」と言っています。
家は財産
『住宅会社は最低でも50年~60年という耐用年数を裏切ってはならない。そして、建てる人は、社会に苗木を植えるような気持ちを失ってはならない。目指すのは、50年、60年と世代を超えて受け継がれる家。家は財産である。地震・台風・火災に強いWPCコンクリート住宅は、それに応えることができる家だ。』
天網恢恢疎にして漏らさず 天罰覿面
『老子』73章の「天網恢恢、疎にして失わず」が原文で、天の網の目は広く大きく粗いようだが、決して悪を見過ごすことはない。悪行には必ず天罰が下るということ。誠氏は「誰も見ていなくても、天は見ているよ。」と、日々の行いを正すよう言われていました。

HISTORY

1952

25歳ごろの創業者・河野誠

25歳ごろの創業者・河野誠

河野セメント工業所
(のちの日本スレート株式会社)設立

誠は戦後の経済成長の中で実業家として挑戦したいという思いから、父と兄と共に「河野セメント工業所」を創業しました。その後独立し、「日本スレート工業所」を発足させます。日本スレート工業所はスレート瓦の製造販売を主力に、住宅の建築請負も行いました。

1976

日本スレート社屋

日本スレート社屋の4Fが日本ハウスのスタート

日本ハウス株式会社設立

1975年、国が開発したPC(プレキャストコンクリート)工法が民間にも解放されました。これをきっかけに誠はコンクリート住宅事業への参入を模索、PC工法を研究している設計士と出会い意気投合しました。このことが「日本ハウス株式会社」設立に繋がりました。

PC(プレキャストコンクリート)とは

工場であらかじめ成形・養生されたコンクリート部材を、建設現場に運んで組み立てる工法や部材のこと。工場で作るため、天候の影響を受けにくく、品質が安定し、工期が短くなるなどのメリットがある。

1977

NCハウス第一号モデルハウス 当時の写真

NCハウス第一号モデルハウス 当時の写真

GRC製 模様入り薄型塀「ジェイク・ウォール」

GRC製 模様入り薄型塀「ジェイク・ウォール」

NCハウス第一号 モデルハウス建設

日本ハウス株式会社の住宅を「NCハウス」と銘打ち、その第一号を周南団地(旧徳山市)に建築。「NC」とはNEW CONCRETE(新しいコンクリート住宅)の略でしたが、今はその意味に加え、NEVER CHANGE(劣化しない高耐久)、NO CLAIM(クレームのない住まい)など、実績と自信に基づいた目標を掲げています。
そしてNCハウス第一号は50年近く経った現在も、変わらぬ姿を見せています。

GRC製 模様入り薄型塀
「ジェイク・ウォール」開発

当時の塀の主流であるブロック塀は「災害時には倒壊の危険がある」と考えていた誠は、デザイン性と施工性に優れた『GRC塀』を開発し、JEIC WALL(ジェイク・ウォール)と命名しました。

GRCとは

セメントに“耐アルカリ性ガラス繊維”を混ぜて強化した複合材料。ガラス繊維が補強材として働くことで、通常のモルタルよりも薄く・軽く・割れにくい部材を作れるのが特徴。

1978

喫茶店を併存したNCアパート第一号『幸荘(ゆきそう)』

喫茶店を併存したNCアパート第一号『幸荘(ゆきそう)』

学生向けNCアパート第一号建築
(山口大学近辺)

長女の大学進学をきっかけに学生用アパートの需要に目をつけた誠は、1978年、第一号学生アパートを建築。見学会の評判も良く、学生から高い支持を受けました。その後、日本ハウスは2004年までに山口大学近辺だけでも3,000戸近くのNCアパートを建築しました。

1981

PC版工場の様子

PC版工場の様子

工業化住宅性能認定

日本ハウス株式会社設立から5年ほど経過した頃、新耐震法による建築基準法の改正と、それに伴う認定制度の改訂がありました。新たに『工業化住宅性能認定』を取得する必要がありましたが、新認定取得には、各種の実験や多額の費用がかかりました。日本ハウスは苦労のすえ、工業化住宅性能認定の取得に成功。この認定取得が、その後の事業展開の大きなバックボーンとなりました。

工業化住宅性能認定とは

プレハブ住宅など、工場で大量生産される住宅部材について、国(国土交通大臣)が“性能が基準を満たしている”と認める制度。この認定を受けた部材や工法を使うことで、建築確認がスムーズになり、品質の信頼性も高まります。
※現在の制度名は 「型式適合認定」

1981年〜

広島大学生向けアパート群

広島大学生向けアパート群

PC壁板のレンガ模様

PC壁板のレンガ模様

学生アパート建築のエリア拡大と
不動産管理業への取り組み

山口大学生向けアパート建設の経験を生かし、日本ハウスは大分大学や広島大学の学生を対象とするアパート建築にも事業を拡大しました。大分大学周辺では自社物件も含めて134戸、広島大学周辺では、2004年までにおよそ4,000戸を建築しています。

学生向けアパートの受注拡大は、必然的にアパート管理業務というニーズを生みました。1995年、広島大学のメインストリート沿いに東広島営業所ビルを建築。ここから、本格的な不動産管理業務への取り組みが始まりました。

この頃、同業他社の製品との差別化のためにPC壁板の模様開発に着手。現在NCハウスでよく使われるレンガ模様は、この時に開発されたものです。かつてアメリカ視察旅行でコンクリートの表現力に可能性を見出していた誠は、レンガの柔らかい膨らみを表現することにとても苦労しました。

1995

エヌシーハウス株式会社本社(岡山市)

エヌシーハウス株式会社本社(岡山市)

エヌシーハウス株式会社設立

NCハウスの販路を広げるため、現在の日本ハウスの社長により岡山県岡山市にエヌシーハウス株式会社を設立しました。

1996

NCハウスの展示場『展望の館』

NCハウスの展示場『展望の館』

当初、高齢者向け賃貸として建てられた『ハイネス』

当初、高齢者向け賃貸として建てられた『ハイネス』

展望の館完成

従来のような『建てては壊す』住宅展示場ではなく、『長期にわたってNCハウスのシンボルになるような展示場を』と考え、周南市の山手の土地(望海台)に『展望の館』を建設。
シンボルとして目立つようにと塔付きの洋館のような外観にしたり、変化を楽しむために同じパターンの部屋を作らないようにしたりと、様々な工夫や挑戦がこの『展望の館』には詰め込まれています。

また、日本ハウスオリジナルのレンガ模様に更に付加価値をつけるため、セメントに色粉を混ぜ、天然色シリーズとして販売しました。『展望の館』では『赤レンガ』、『ハイネス』では『黄レンガ』を採用し、個性的な印象を与えています。

2001

GRC外断熱製品『GSパネル』

GRC外断熱製品『GSパネル』

ジーシールド株式会社設立

日本ハウス株式会社はジェイク・ウォール開発後も、GRC(耐アルカリ硝子繊維強化セメント板)の技術を活かす場を模索していました。その中で、建物の保護や再生・省エネルギーの面においても有効な『外断熱パネル』に将来性を見出し、外断熱パネルの製造・販売を行うジーシールド株式会社を設立しました。

2003年〜

日本ハウス株式会社 新ロゴ

日本ハウス株式会社 新ロゴ

事業再編・統合

2003年、創業者・河野誠の胃がんが発覚したことをきっかけに事業再編・統合。
同年にエヌシーハウス株式会社を吸収合併。日本ハウス株式会社の社長を河野 正幸が引き継ぎ、河野 誠は会長に就任。2007年には日本スレート株式会社およびジーシールド株式会社を吸収合併し、新たなスタートを切りました。

2004年〜

九州大学学生向けアパート

九州大学学生向けアパート

福岡営業所開設・九州進出

九州大学の伊都キャンパスへの移転に合わせ、福岡営業所を開設しました。3階建てや、オートロックを採用し、投資家や入居者のニーズに合った物件を提供しております。

2026年10月 日本ハウス株式会社 設立50周年!

現在WPC工法は、全国的にみても稀少な建築工法になっています。しかし50年の経験のなかで実感してきたのは、WPC工法による建物が
『省資源で環境にやさしい』『災害に強い』
『ライフサイクルコストを抑えられる』

高いポテンシャルを持つ建物であるということです。
創立50周年を迎えた今、
これまで支えてくださった皆さまへの感謝を胸に、
『さらに快適で安全な省エネ住宅を実現すること』
それが私たちの使命であると考えております。
これからも、どうぞ末永くお付き合いくださいますよう
お願い申し上げます。

日本ハウス株式会社 社員一同

これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。

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