
創業者紹介
河野 誠(1931〜2004)
Makoto Kawano
旧周防村(現在の山口県光市)生まれ。
日本スレート株式会社、日本ハウス株式会社創業者。
事業の中核にコンクリート製品製造業を据えつつ、建築業、不動産の運営など多方面への事業展開を柔軟に行い、日本ハウスの礎を築いた。
(写真:1996年、展望の館にて)




河野セメント工業所
(のちの日本スレート株式会社)設立
誠は戦後の経済成長の中で実業家として挑戦したいという思いから、父と兄と共に「河野セメント工業所」を創業しました。その後独立し、「日本スレート工業所」を発足させます。日本スレート工業所はスレート瓦の製造販売を主力に、住宅の建築請負も行いました。
日本ハウス株式会社設立
1975年、国が開発したPC(プレキャストコンクリート)工法が民間にも解放されました。これをきっかけに誠はコンクリート住宅事業への参入を模索、PC工法を研究している設計士と出会い意気投合しました。このことが「日本ハウス株式会社」設立に繋がりました。
PC(プレキャストコンクリート)とは
工場であらかじめ成形・養生されたコンクリート部材を、建設現場に運んで組み立てる工法や部材のこと。工場で作るため、天候の影響を受けにくく、品質が安定し、工期が短くなるなどのメリットがある。
NCハウス第一号 モデルハウス建設
日本ハウス株式会社の住宅を「NCハウス」と銘打ち、その第一号を周南団地(旧徳山市)に建築。「NC」とはNEW CONCRETE(新しいコンクリート住宅)の略でしたが、今はその意味に加え、NEVER CHANGE(劣化しない高耐久)、NO CLAIM(クレームのない住まい)など、実績と自信に基づいた目標を掲げています。
そしてNCハウス第一号は50年近く経った現在も、変わらぬ姿を見せています。
GRC製 模様入り薄型塀
「ジェイク・ウォール」開発
当時の塀の主流であるブロック塀は「災害時には倒壊の危険がある」と考えていた誠は、デザイン性と施工性に優れた『GRC塀』を開発し、JEIC WALL(ジェイク・ウォール)と命名しました。
GRCとは
セメントに“耐アルカリ性ガラス繊維”を混ぜて強化した複合材料。ガラス繊維が補強材として働くことで、通常のモルタルよりも薄く・軽く・割れにくい部材を作れるのが特徴。
学生向けNCアパート第一号建築
(山口大学近辺)
長女の大学進学をきっかけに学生用アパートの需要に目をつけた誠は、1978年、第一号学生アパートを建築。見学会の評判も良く、学生から高い支持を受けました。その後、日本ハウスは2004年までに山口大学近辺だけでも3,000戸近くのNCアパートを建築しました。
1981年

PC版工場の様子
工業化住宅性能認定
日本ハウス株式会社設立から5年ほど経過した頃、新耐震法による建築基準法の改正と、それに伴う認定制度の改訂がありました。新たに『工業化住宅性能認定』を取得する必要がありましたが、新認定取得には、各種の実験や多額の費用がかかりました。日本ハウスは苦労のすえ、工業化住宅性能認定の取得に成功。この認定取得が、その後の事業展開の大きなバックボーンとなりました。
工業化住宅性能認定とは
プレハブ住宅など、工場で大量生産される住宅部材について、国(国土交通大臣)が“性能が基準を満たしている”と認める制度。この認定を受けた部材や工法を使うことで、建築確認がスムーズになり、品質の信頼性も高まります。
※現在の制度名は 「型式適合認定」
学生アパート建築のエリア拡大と
不動産管理業への取り組み
山口大学生向けアパート建設の経験を生かし、日本ハウスは大分大学や広島大学の学生を対象とするアパート建築にも事業を拡大しました。大分大学周辺では自社物件も含めて134戸、広島大学周辺では、2004年までにおよそ4,000戸を建築しています。
学生向けアパートの受注拡大は、必然的にアパート管理業務というニーズを生みました。1995年、広島大学のメインストリート沿いに東広島営業所ビルを建築。ここから、本格的な不動産管理業務への取り組みが始まりました。
この頃、同業他社の製品との差別化のためにPC壁板の模様開発に着手。現在NCハウスでよく使われるレンガ模様は、この時に開発されたものです。かつてアメリカ視察旅行でコンクリートの表現力に可能性を見出していた誠は、レンガの柔らかい膨らみを表現することにとても苦労しました。
展望の館完成
従来のような『建てては壊す』住宅展示場ではなく、『長期にわたってNCハウスのシンボルになるような展示場を』と考え、周南市の山手の土地(望海台)に『展望の館』を建設。
シンボルとして目立つようにと塔付きの洋館のような外観にしたり、変化を楽しむために同じパターンの部屋を作らないようにしたりと、様々な工夫や挑戦がこの『展望の館』には詰め込まれています。
また、日本ハウスオリジナルのレンガ模様に更に付加価値をつけるため、セメントに色粉を混ぜ、天然色シリーズとして販売しました。『展望の館』では『赤レンガ』、『ハイネス』では『黄レンガ』を採用し、個性的な印象を与えています。
2001年

GRC外断熱製品『GSパネル』
ジーシールド株式会社設立
日本ハウス株式会社はジェイク・ウォール開発後も、GRC(耐アルカリ硝子繊維強化セメント板)の技術を活かす場を模索していました。その中で、建物の保護や再生・省エネルギーの面においても有効な『外断熱パネル』に将来性を見出し、外断熱パネルの製造・販売を行うジーシールド株式会社を設立しました。
2003年〜

日本ハウス株式会社 新ロゴ
事業再編・統合
2003年、創業者・河野誠の胃がんが発覚したことをきっかけに事業再編・統合。
同年にエヌシーハウス株式会社を吸収合併。日本ハウス株式会社の社長を河野 正幸が引き継ぎ、河野 誠は会長に就任。2007年には日本スレート株式会社およびジーシールド株式会社を吸収合併し、新たなスタートを切りました。
福岡営業所開設・九州進出
九州大学の伊都キャンパスへの移転に合わせ、福岡営業所を開設しました。3階建てや、オートロックを採用し、投資家や入居者のニーズに合った物件を提供しております。

